デヴィ夫人の家族・子供とのトラブル続きの半生が壮絶過ぎる!

“東洋の真珠”と呼ばれたデヴィ夫人。

現在はなかなか不思議なご夫人になっておられますが(^_^;)若い頃の画像見ると、すんっっごい美人です!!

絵画!?CG?って思っちゃうくらい美しいですよね(*゚Д゚*)

そんなデヴィ夫人ですが、若い頃は大変苦労されたようです。そこで過去の経歴や、スカルノ大統領の妻になった経緯、家族についてなど色々調べてみようと思います!

 




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デヴィ夫人の家族構成と壮絶な半生まとめ!

デヴィ夫人は東京都生まれで、本名は根本七保子(ねもとなおこ)という名前のようです。

七保子さんですかー(・д・)まず日本人て感じしないですよねぇ。。

大工の父親と、病気がちな母親との 間に、長女として生まれます。兄弟は弟一人。父親が中学時代に亡くなり、家計を助けるために高校の定時制に通いながら、生命保険会社に勤務したそうです

休日は喫茶店でアルバイトをし、弟を大学に行かせるために赤坂でホステスも始めます

働き詰めの学生時代だったんですね(´・ω・`; )今のゴージャスなデヴィ夫人からは想像もつきません。

19歳のときに、インドネシアへの開発援助に伴い、「東日貿易の秘書」という名目で、スカルノ大統領のもとに送り込まれたデヴィ夫人。

インドネシアに渡って数年は愛人の1人だったようですが、昭和37年にスカルノ大統領と正式に結婚し4人の夫人のうちの第3夫人になったんだとかΣ(・ω・ノ)ノ

どういう経緯で愛人になったんでしょ?まぁあれだけの美貌ですからね(^_^;)しかし第3夫人とは、日本とは文化が違い過ぎて理解出来ないですよね(汗)しかし、同時期にマスコミの執拗な取材により体調を崩していた母親が亡くなってしまったそうです。

更にその2日後、セールスマンに全財産を騙し取られたうえ母親の死に目に逢えなかった弟さんが、自宅アパートで自分で命を立ってしまいます。。。それを伝え聞いたデヴィ夫人は「何時までも心を離れない悲しいトラウマになっている」と告白し、後にジャカルタの宮殿の一つに実弟の名をつけたそうです。

 

辛すぎる出来事ですね…

 

自分のせいでと思ってしまいますね。何年経ってもトラウマになるのも解りますね(ノω・、)

デヴィ夫人の子供は?仲が悪いってホント?

母親と弟が相次いで亡くなったことで、インドネシアに国籍を移し「宝石の妖精」という意味のラトナ・サリ・デヴィ・スカルノに改名!その後、25歳で娘のカリナさんを出産しています。

1967年、スカルノ大統領が終身大統領を解かれ、その3年後、ジャカル夕で逝去していますね。その後デヴィッ夫人は、幼いカリナさんを連れ、パリに亡命し、社交界の華として賛美され、”東洋 の真珠”と称されたそうです。

なんだか映画になりそうな人生ですよね(^_^;)

娘のカリナさんは、アメリカの超セレブな男性と結婚し現在はインドネシアで幸せに暮らしているそうです。

一時期、デヴィ夫人と不仲になったりした時期もあったそうですが、カリナさんの出産によって、再び親子の絆を取り戻したんだとか(^ー^)

デヴィ夫人の孫にあたるカリナさんの子供はキラン君といって何度かメディアにも登場してます♪めちゃーくちゃ可愛いです(*゚Д゚*)ちっちゃい王子様みたいです(笑)

デヴィ夫人も、このキラン君を溺愛しているそうでしょっちゅう孫に会いに行っているそうですよ(*´▽`*)

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デヴィ夫人の家族構成まとめ

苦労続きだった子供時代から一転、今や超セレブなデヴィ夫人

キョーレツなキャラクターと、物言わせぬ毒舌でバラエティでも欠かせない存在になっていますよね!現在76歳のようですが、とても見えないですしやっぱり綺麗ですよね~♪まだまだこれから、更にパワーアップして活躍して欲しいですね!

でわでわ、今回サキのお届けする情報はここまでです!最後までご覧頂きありがとう御座いました。

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